今回は、母音の音響的特徴に影響を与えるフォルマント周波数の比較の観点から、韓国語8母音及び日本語5母音の類似度を分析し、そこから韓国語母音発音練習の際の注意点・ポイントについて考察してみたいと思います。
まず、母音の音響的特徴に影響するフォルマント周波数について簡単に説明します。
フォルマント周波数とは、音声の周波数スペクトルに現れる、周囲よりも強度が大きい周波数帯域で、特に最も周波数が低い第1フォルマントと2番目に周波数が低い第2フォルマントは母音識別の際に重要な役割を果たすとされています。
- 第1フォルマント周波数(F1)とは:概して、F1は口の開きの大きさに比例する。つまり高母音のほうが低母音よりもF1は低い。母音、子音両方に言えることであるが、狭めはF1を低くする効果がある。
- 第2フォルマント周波数(F2)とは:F2は舌の前後によって影響され、前母音のほうが後母音よりもF2が高い。これは、F2が舌の前の空間で共鳴を起こすためである。また後母音は、唇の丸めが加わることが多く、これによって共鳴空間がさらに長くなり、F2は下がる。
韓国語8母音および日本語5母音の第1フォルマント周波数(F1)、第2フォルマント周波数(F2)の分布は以下のとおりです。
※韓国語8母音フォルマント周波数のソース:Hyun-yeol Chung, Shozo Makino, and Ken'iti Kido “Analysis and recognition of Korean isolated vowels using formant frequency”(1987)
※日本語5母音フォルマント周波数のソース: 藤崎博也、杉藤美代子「音声の物理的性質」「岩波講座日本語5音韻」
韓国語8母音の第1フォルマント(F1)、第2フォルマント(F2)
|
F1(Hz) |
F2(Hz) |
아 |
750 |
1185 |
이 |
283 |
2241 |
우 |
312 |
766 |
오 |
436 |
740 |
애 |
528 |
1931 |
어 |
515 |
980 |
에 |
512 |
1925 |
으 |
362 |
1164 |
日本語5母音の第1フォルマント(F1)、第2フォルマント(F2)
F1(Hz) |
F2(Hz) |
|
ア |
690 |
1170 |
イ |
310 |
2050 |
ウ |
360 |
1050 |
エ |
510 |
1820 |
オ |
490 |
870 |
■フォルマント1・フォルマント2分布を見て気づいた点
아について
日本語母音「ア」に近いですが、日本語の「ア」よりも若干F1(開口度)が高いです。
이について
日本語母音「イ」に近いですが、日本語の「イ」よりも若干F 2(前舌性)が高く、またF1(開口度)が低いです。
애 에について
この2母音は非常に類似性の高い母音であることがわかります。初級学習者向け教材などで日本語母音「エ」のカタカナ表記がされることもあるようですが、両母音とも「エ」よりもF2(前舌性)が高いです。애 에の区別はノンネイテイブには困難と考えられ、語彙知識や文法知識、文脈情報などを頼りに区別していくしかないのかもしれません。
우について
初級学習者向け教材などで日本語「ウ」のカタカナ表記がされることもあるようですが、日本語の「ウ」はむしろ으に近いので、우の正しい発音方略について別途検討が必要です。
오について
初級学習者向け教材などで日本語「オ」のカタカナ表記がされることもあるようですが、日本語「オ」は어とも近く、また、오は日本語「オ」よりもF1(開口度)F2(前舌性)とも低いです。さらに、오に日本語「オ」のカタカナ表記をすると、同じく「オ」のカタカナ表記をされることが多い어と混同される可能性も示唆され、오に日本語「オ」のカタカナ表記をする発想は控えた方が良いと考えます。
어について
初級学習者向け教材などで日本語「オ」のカタカナ表記がされることもあるようですが、日本語「オ」は오とも近く、また、어は日本語「オ」よりもF1(開口度)F2(前舌性)とも高いです。さらに、어に日本語「オ」のカタカナ表記をすると、同じく「オ」のカタカナ表記をされることが多い오と混同される可能性も示唆され、어に日本語「オ」のカタカナ表記をする発想は控えた方が良いと考えます。
으について
日本語の「ウ」に近いです。으の発音方略については以下で説明します。
■母音発音練習のポイント
「基礎から学ぶ韓国語講座 初級 改訂版|国書刊行会 (kokusho.co.jp)」木内明著で教授されたポイントを参考にしながら、日韓両言語母音のF1・F2分布図から得られた示唆を考慮し、母音発音練習のポイントを考察します。
아について
日本語「ア」とほぼ同じ音と考え、口をはっきり開け「ア」と発音します。
이について
日本語「イ」とほぼ同じ音と考え、口を横にはっきり引いて「イ」と発音します。
애 에について
日本語の「エ」よりもF1・F2を上げた方が良いようです。そのため、日本語の「エ」よりもやや口を横に広げた方が良いようです。これが正しい方法であるかわかりませんが、私は애発音の際は若干アメリカ英語の[æ]を意識しています。これによって에よりも開口度が上がり、F1が上がり、에と区別されるかもしれないとの意図です。ただし、上述のとおり、これら2母音は非常に類似性が高く、その区別はノンネイテイブには困難と考えられ、語彙知識や文法知識、文脈情報などを頼りに区別していくしかないのかもしれません。
우について
この音を日本語「ウ」と同じ音と見なしてはいけません。日本語の「ウ」よりも唇を突き出すように丸めて「ウ」と発音します。「唇を突き出すように丸める」とはローソクの火を消す時にフーッと息を吹きかける時の唇の形です。唇両側に指先をあてると日本語「ウ」を発する時よりも筋肉が緊張しているのがわかります。唇を突き出し丸めながら「ウ」を発することによって、前舌性が下がり唇の丸めも加わり(=F2が下がり)、また、開口度も下がり(F1が下がり)「ウ」が우に近づくということかもしれません。
오について
この音を日本語「オ」と同じ音と見なしてはいけません。日本語の「オ」よりも唇を突き出すように丸めて「オ」と発音します。「唇を突き出すように丸める」とはローソクの火を消す時にフーッと息を吹きかける時の唇の形です。唇両側に指先をあてると日本語「オ」を発する時よりも筋肉が緊張しているのがわかります。唇を突き出し丸めながら「オ」を発することによって、前舌性が下がり唇の丸めも加わり(=F2が下がり)、また、開口度も下がり(=F1も下がり)、「オ」が오に近づくということかもしれません。
어について
この音を日本語「オ」と同じ音と見なしてはいけません。日本語「ア」の音を出すように、口を大きく開き「オ」と発音します。これによって開口度が上がり(=F1が上がり)、また、前舌性も上がり(=F2も上がり)「オ」が어に近づくということかもしれません。
으について
上述参考文献の説明では、日本語の「イ」を発音するように唇を横に引いて「ウ」と発音する、とあります。「イ」を発音するように唇を横に引くことによって前舌性が上がり(=F1が上がり)、その口の形で「ウ」を発音するので、「ウ」が으 に近くなるということと思います。